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会長@腹部日記


2011-08-04 [長年日記]

_ 二週間分の食事写真

掲載をさぼっていたのでまとめて載せておきます。

テーブルを、変えて配膳したいそうです焼きもろこしつき朝ごはんお昼はとんかつですとんかつかつかつナスのおやきとタンドリーチキン初挑戦(妻が夏の朝ごはんでござるはらへーはらへぇーあーさーごーはーん〜U飯かぼちゃ団子が奥におるに〜く〜に〜く〜に〜く〜朝のお肉今肉を食べに行きますぷりんりょうさんたいせいかぼちゃのパスータパスター二号あさーん奥様はロールケーキ職人見習い家ラー(メンとりわけなうおっにっくっ!おっにっくっ!珍しい、割高のリラックマソーセージだ!多めの朝ごはんかっかっかーのカレーカレー

_ 今日のreblogから

その1

401 Authorization Required

その2

・「自分の思考」を言葉に変えること自体がまず難しい。

・自分の思考を言葉に出来たとして、それを相手に伝える手段が基本的にノイズだらけ。

・その言葉が、誤読・誤解なしで相手に伝わることすら保証されたものではない。ベストエフォートもいいところ。

・苦労して間違いなしで相手にその言葉を届けたとしても、それをどう受け取るかの決定権は相手にしかなく、基本的に人は自分の受け取りたいように言葉を受け取る。

聳え立つ幾つものハードル。最後のヤツが一番高い。「人は読みたい内容を読む」というヤツだ。

まず最初に、自分の思考を「適した」言葉に変えることが出来るかどうかというのが表現のハードル。それを間違いなく言葉に乗せて、例えば口で喋ることで、あるいはメールで、あるいはブログで、相手に伝えることが伝達のハードル。

そして、それがどんな言葉であれ、複数の解釈を許す言葉がたくさんの人に届いた時、大抵の場合「書いた人が伝えたかった意味」は確率の問題でしか届かない。「言葉を受け取る人は、自分の理解したい様に言葉を理解する」という大原則が存在するからだ。複数の解釈を許さないような「厳密な言葉」は、そもそもあまり理解してもらえない。これが理解のハードルだ。

自分の考えが相手に適切に伝わるというのは、普通に生活しているとそれ程珍しくないように思えるかも知れないけれど、多分本当は、物凄く幸福な偶然なのだ。それは、多分信頼とか、あるいは相手の理解しようとしてくれる姿勢とか、たまたま上手い言葉が思い浮かんだ幸運とか、時には錯覚とか、そういった色々な土台に支えられている。日常生活でさえ、多分、そうなんだと思う。

そんな土台がない場所での言葉は、「基本伝わらないもの」と覚悟して言葉を作るのが、真摯に言葉と向かい合う時の前提なのではあるまいか。

言葉は伝わらない。言葉が思った通りに伝わるのは、当たり前のことなのではなく、窓と窓の隙間を潜り抜けててんとう虫が飛び込んでくるような幸運だ。

だからこそ、そのほんの僅かな隙間の先にある幸福を求めて、我々は必死に「少しでも理解してもらえる言葉」を捜そうとしてあがくべきなんだと。伝わらないことを承知で千、万の言葉を積み上げるべきなんだと。

私はそんな風に思う。

[自分が思った通りに自分の言葉が伝わるというのは、とても幸福な偶然なんだと思う - 不倒城より引用]

その3

 どの仕事も続かず、50代になっても引きこもり状態だった知人男性が、最近働き始めた。宅配業務だ。数週間後、その男性が嘆くのを聞いた。

 「上司は、人の働きたがらない早朝や深夜便ばかり俺に押し付ける。得手勝手な連中ばかりだ」

 そりゃそうだろう。50代無職の未経験者を雇う立場を考えれば、とりあえずは人手の空き時間をそれで埋め、使い勝手のいい20代に最も長時間の希望時間帯を提供しようとするだろう。

 「人を何だと思っているのか」と憤る男性に、「仕方がない。頑張ろう」と励ましつつ、この「俺様」意識がどの仕事も長続きさせない核になっていることに、本人はいつ気づくのだろうと思った。

 自分の思う自分の社会的位置と、社会で値踏みされる位置は違う。自任と他者評価は違うことに疎いタイプが少なからずいる。

 テレビ業界ではアシスタントディレクターという位置は、一応、低いことになっている。

 諸々の雑用もこなす立場だ。その20代女性に私は用事を頼んだ。

 「今日、私が選んだ写真をデータでください」

 「わかりました」

 そして、私のメールに写真が届き、用事は終了…となる、はず、だった。

 ところがその女性は違った。

 インターネットに私の写真を50枚上げ、私がそれをダウンロードする手法をとった。

 私が選んだ写真は5枚だ。

 なぜボツ分を含む大量のデータをダウンロードさせようとしたのかはわからない。

 ただ、その女性はデータを1個のファイルに圧縮して送らず、50枚の一枚一枚をそれぞれ50回ネットに上げ、私にダウンロードする案内をした。

 その行為をするほうも大変だったろうが、ダウンロードするのも並大抵ではない。なんせ、そのほとんどが不必要で、その是非はダウンロードしないことには判断がつかなかった。

 「私が選んだものだけを、メールで添付してください」と再度、連絡した。

 すると、私が選んだものではなく、番組で使用したものが添付で数枚届いた。

 そこで私は、この用事は彼女には無理であるという判断を下した。

 「私が選んだものが添付されていません。次回、SDカードごとください」と連絡した。すると、ここから彼女の攻勢が始まる。

 「本番で使用した、〇〇〇〇番と、△△△△番を送りました」と返事が来た。

 つまり、「自分は間違っていない」と、画像の数字を羅列することで反論したのだ。

 「いーえ。あなたは間違っている」と、ここで相手にしたら、私は泥沼に入ることを経験で知っていた。そもそもその女性は私の部下でもない。

 その女性の上司に連絡を取った。

 「まず、インターネットに上がっている私の写真を消去してください。それと、SDカードをください」

 「はい」

 それで済んだ。

 写真をネットに勝手にあげたこと、写真を本人に送るという簡単な用事ができなかったこと等、その後上司から注意されていることは容易に想像できた。

 だが、それを素直に聞くだろうか、という私の予感は的中した。

 その女性からメールが来た。

「次回、SDカードをお渡しします」

 そこには、手数をかけた詫びも、ネットに写真をあげた詫びもない。文面にその女性の憤りが見てとれた。

 そしてその日。

 何人もいる番組責任者が私の楽屋に詫びを言いに来た。

「今日、SDカードをお渡ししますので」

 その後、女性が番組用カメラを持参し、言った。

「写真を選んでください。CDに焼き付けてお渡しします」

「SDカードをくれるのでは?」

「個人のものですので」

「あなた個人のもの?」

「いいえ。スタッフの」

「そのスタッフが、今日、SDカードを渡すと言ったんだけど?」

「他の仕事の写真も入ってますので」

「その写真はすぐに入り用のもの?」

「いいえ」

「見られて困るもの?」

「いいえ」

「では貸してくれる?」

「許可を取らないと」

 … 会話をしているようだが、私は女性の意地と格闘していた。

 「渡したらええやないか!」と、会話を聞いていたディレクターが怒鳴った。

 しかし女性は引かない。

「では、許可を取ってから」と渡さず出て行った。

 彼女以外の全員が「渡す」と言ったSDカード。彼女はいったい誰の許可をとりにいったのだろう。

 そばにいた別のスタッフが言った。

「はい、というのが癪に障るから抵抗しただけ。すぐに許可が取れたといって持ってきます」

 数分後。

 「許可が下りました」と彼女は持ってきた。

 詫びは当然、なかった。

 しばらくして顛末をどこからか聞きつけた上司が、ひれ伏さんばかりに詫びに来た。

 「今日に至ってまだそんな…。あの意地や頑なさはいったいなぜ」とため息した。

 私にはわかる。

 50回ダウンロードせよ、と指示した自分に従わなかった私への怒り、だ。

 その怒りの根源には、「この私」がある。未経験者の50代男性の「俺様」と同じだ。

 下働きとされるアシスタントディレクターもまた、自任と他者評価の温度差に憤る。

 「ネットにあげる圧縮方法も、知らないなら聞けばいいのに、聞かないんです」嘆く上司。

 「この私」がある以上、自分の正しさに執着するのも驚くことではなく、他人にうかがいをたてる、という謙虚さを願うのも空しい。

 家でSDカードを見て驚いた。

 変換用メディアがないとパソコンで開けないタイプのSDカードだった。

 「これがないと見られません」と、メディアチップごと貸す方法もあったのに、一切触れずSDカードのみを黙って渡すところにまだ女性の意地が届いた。

 私がこれまで出会った、たくさんの「この私」系女性たちを走馬灯のようによぎらせながら、ため息をついて、家電店に出向いた。

 この時代、「データちょうだい」「はい」で、一分で終わる用事が、「この私」にかかると、10日を要し、大勢の責任者たちが詫びで右往左往することになった。

 「この私」だけが、平然としている。

 プライドの高い部下に共通してある「この私」と「俺様」の真の恐ろしさは、本人が生涯それに気づかないまま人生を終える可能性があるということ。憤りは自分に向かず常に他者に向く。私はそういうタイプには距離を置き怒らない。治らないし面倒だからだ。

[ねじ曲がったプライドは一生直らない:日経ビジネスオンラインより引用]

その4

227 :おさかなくわえた名無しさん:2010/06/03(木) 13:04:04 ID:+BXDrRsG

6年前、俺が潜り込んだ企業は超ブラックだった。

数人の団塊ジジイが就職氷河期で行くとこない新卒を無茶使いする中小企業。

10人入った俺の同期は2年で俺以外全滅したし、俺の下に毎年入る新人もそんな感じだった。俺も半年くらいでここはやばいと思い、転職を考えた。

だが、大学から付き合ってた彼女には「仕事続けてよ」と言われた。

大した大学出てない俺が今の会社やめたら、次はいつ正社員になれるかわからないからという事だ。

彼女は、俺の嫁になれるのを待ってると言って、ずっと実家で家事手伝いとたまにちょっとだけバイトやってた。

正直彼女にもちゃんと就職くらいしてもらいたかったが、結婚は考えてたし男の俺が生活安定させないと、と思って会社に残って頑張った。

壮絶な残業地獄とストレスの山を耐えて、耐えて、耐えた。

プロポーズしたかったが、この仕事の状態では無理、幹部になるまで待ってもらおうと思って頑張った。

今年4月、黒字で決算超えたのに、社長が「俺も幹部連中も歳だし隠居する」と会社を突然たたんだ。

無職になったと同時に倒れ、5月から3週間入院した。体と自律神経がボロボロになってた。

彼女は週一でしか見舞いに来てくれなかった。

退院した後会って「しばらくゆっくり休んで、体直したらまた再就職頑張るから」と言うと、不満をぶちまけられた。

「6年待って結婚する人が無職の病人になった私の気持ちも考えてよ」

「あなたに人生狂わされた」

「そもそも体壊してまで会社にしがみつくのは頭悪いと思う」

とどめになった一言は、

「退職金けっこう出たんだよね?私にも保証金あってもいいよね。それで私一人で自由にやりたい」

絶望で目の前が暗くなった。

それが先週の土曜日のことです。今も全身の力が萎えて一日ぼんやりネットかゲームしてる。

ただの自分語りかも知れんね。すまん。

[No.17742 「仕事続けてよ」 - コピペ運動会より引用]

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